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義経ゆかりの地<鞍馬>

義経ゆかりの地<鞍馬>

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2020年11月10日

義経ゆかりの地<鞍馬>

鞍馬の義経

源義朝には、常盤御前という側室と今若・乙若・牛若の三人の子がいました。平治の乱の後、常盤と子たちは京都で清盛に捉えられてしまい、二人の子は僧になるべくそれぞれ寺に預けられます。

牛若丸も7歳の時(諸説あり)、鞍馬寺に送られますが、平家打倒・父の仇をうつため、深夜、寺を抜け出し奥の院で大天狗(鬼一法眼という説もある。)に兵法を習ったと伝えられています。

作品名:「鞍馬の牛若丸」
絵師:歌川国貞初代
画像提供者:国際日本文化研究センター
資料所蔵者:プーシキン国立美術館

鬼一法眼社(鞍馬山)

鬼一法眼社(鞍馬山)

「義経記」によれば、牛若丸に六韜三略(りくとうさんりゃく)の兵法を授けたと伝わる陰陽師・鬼一法眼(きいちほうげん)が祀られている。鬼一法眼は剣術の達人で京八流の祖とされているが、鞍馬の天狗が鬼一法眼であるという説もある。
社の奥の崖の上の祠には魔王尊が祀られており、魔王の滝が流れる。

牛若丸息つぎの水(鞍馬山)

牛若丸息つぎの水

牛若丸が夜ごと東光坊から剣術の修行のために奥の院・僧正ガ谷へ通う途中、ここで湧き水を飲んだと伝えられている。800余年経った今も水は湧き続けている。

義経公背比べ石(鞍馬山)


牛若丸が16歳のとき、奥州平泉の藤原秀衡のもとに下る際に、名残りを惜しんでこの石と背比べをしたと伝わっている。

義経堂(鞍馬山)


奥州・衣川で自害した源義経の魂が鞍馬に帰ってきたとされ、ここに遮那王尊として祀られている。この辺りは、牛若が天狗に兵法を習った僧正ガ谷とされている。

義経公供養塔(鞍馬山)

義経公供養塔(鞍馬山)

牛若丸が住まいした東光坊跡に昭和15年建立された。義経の魂は少年時代を過ごした鞍馬山に鎮まっていると伝えられている。

画像提供:鞍馬寺

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